近代化産業遺産 総合リスト


 
建物紹介例
<写真がここに入ります。(下は例)> 現在の建物名称(昔の建物名称)
住所(移設の場合、旧所在地) 建築年代
構造/階層 設計者/施工者
文化財指定・顕彰(ある場合)/撮影日/所有状況/
使用状況(建造当時の用途)
建物説明をくどくどと。(文末に参考文献ナンバー)

長崎県長崎市(東山手地区)編

長崎市旧居留地私学歴史資料館(旧東山手十二番館)
長崎市東山手町 明治元年(1868年)
木造/平屋建 不詳/不詳
県指定重要文化財/04.4/長崎市/展示施設(住居)
 オランダ坂を上り、少し歩き、人の流れに沿って進むと、逃れざる衝動によってこの建物に入っていきます(笑)。内部に入れるのですが、特にこれといった印象を持つことは出来ませんでした。きっちり保存されているという以上の固有的な意味合いはないように感じます。しかしその事実が長崎以外で数少ないことを考えると、このシンボル的な建物の貴重さは地域内で重要な輝きを見せています。
 もとは2階部分を増築していましたが、改修時に取り外されました。その是非が話題となり、文化財保存のかたちを考える一出来事となりました。(28.)

池上家住宅(同左)
長崎市大浦町 明治16年〜35年
木造/2階建 不詳/不詳
国登録有形文化財/04.4/個人所有/住居(同左)
 孔子廟に向かい合って建てられており、長崎らしい、コロニアル調と東洋的意匠が融合された造りをしています。かつてはこのような建物群がこの周辺にあったようですが、総覧リストに掲載されているのみで現在それを見ることは出来ません。
 そんな他の建物と比べこの建物は所有者に愛され続け、内装のカーテンひとつを外観から見ても、建物の、そして周囲への空間調和に気を配っています。孔子廟とのギャップを楽しむことも見学時のポイントかもしれません。(28.55.)

東山手洋風住宅群(同左)
長崎市東山手町 明治27年〜30年
木造/2階建 不詳/不詳
/04.4/長崎市/静態保存(住居)
 7棟続きの洋風住宅群。坂の街特有の入り組んだ敷地内にあるため、棟続きの壮観といった感じを受けることはありませんが、木の家特有の暖かい感じを持った建物で異常に良い印象を持つことが出来ました。
 同じような建て方、また7棟続きであることから、外国人向けの分譲住宅として売り出されたのではないかと考えられています。建物内部に見られる同一の意匠は長崎内の他の建物にも見られることがあり、建物規格化への過程をここからかいま見ることが出来ます。(28.)

長崎市野口彌太郎記念美術館(旧長崎英国領事館)
長崎市大浦町 明治40年(1907年)
煉瓦造/2階建 W.コウワン/後藤亀太郎
国指定重要文化財/04.4/長崎市/展示施設(事務施設)
 様々な意匠を施した建物ですが、どこが印象に残るかというと、やはり赤白のストライプと言うほかありません。アーチ部に作られた石と煉瓦のハーモニーは他では見られない匠の技と言えます。もともと英国領事館であったということでその建築様式は下関英国領事館ときわめて類似しており、同一の設計者によるものと考えて良いでしょう。
 外装の華麗さは当時すぐそこにあった海岸線から映えて見えたことでしょう。訪れた人は大英帝国の栄光を外国のここからでも感じ取ることが出来るでしょう。(28.)

旧長崎英国領事館付属屋(同左)
長崎市大浦町 明治40年(1907年)
木造/2階建 不詳/不詳
/04.4/長崎市/静態保存(事務施設)
 英国領事館の本館に比べこちらは洋風建築の特色と言うよりは、オリエンタルの香りを感じることが出来ます。おそらく、長崎が日本で有数の中国人街を抱えていたことも原因にあるのでしょうが、外国人にとって日本も中国も、さして代わり映えがないと判断していたのかもしれません。
 現在の東山手地区の中で、かつては裏通りの中にたたずんでいたこの建物も景観の彩りとして注目を受けています。建物自体は、きっと面はゆいことでしょう。(23.)

活水女子大学同窓会事務所(不詳)
長崎市東山手町 明治後期
木造/2階建 不詳/不詳
/04.4/活水女子大学/(住居)
 長崎にある近代建築群の中でもっともスマートな建物という印象を受けました。坂の街にあって周囲の喧噪はそれほど感じられず、むしろ別世界にあるような静謐さを感じました。それは周囲が観光化によって生活感が失われたことに起因していると言えますし、またこの建物自体は教育機関保有の非公開施設であることにも原因を見いだすことが出来ます。
 何かと喧噪感が多い東山手地区の中でもただ清楚に、女子大学の気高さを今に伝えています。(28.)

日本基督教団長崎教会(同左)
長崎市大浦町 大正14年(1925年)
木造/2階建 不詳/不詳
/04.4/民間/宗教施設(同左)
 孔子廟の壁に向かい建てられている作品。孔子廟と比べてしまうと相当に地味なため、おそらく気付かずに通り過ぎてしまう人が殆どではないかと思います。
 いわゆるB級建築のたぐいに数えてよい外観です。ただ、長崎の中でありふれた存在である教会建築という属性、更に地域に密接した施設であることを考えると、それほど目立つ必要性もなかったのかもしれません。
 ただこのような建物を見るにつけ、私はその他人に媚びを売らない凛とした表情が大好きで仕方ありません。出来ればもう一度訪れたい建物のひとつに数えたいです。(23.)

活水女子大学本館(同左)
長崎市東山手町 大正14年(1925年)
鉄筋コンクリート造/4階建 ヴォーゲル/高木組
/04.4/活水女子大学/教育施設(同左)
 教会建築やミッション系学校の建築で名をはせたW.ヴォーリズの代表的建造物として有名な作品、、、の筈ですが、紹介されている建築冊子によって“”と書かれることもあり、今ひとつ設計者がはっきりしていない建物です。
 




(23.28.一粒社ヴォーリズ事務所サイト.)


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