近代化産業遺産 総合リスト


 
建物紹介例
<写真がここに入ります。(下は例)> 現在の建物名称(昔の建物名称)
住所(移設の場合、旧所在地) 建築年代
構造/階層 設計者/施工者
文化財指定・顕彰(ある場合)/所有状況/
使用状況(建造当時の用途)
建物説明をくどくどと。(文末に参考文献ナンバー)

長崎県佐世保市編

海上自衛隊西倉庫・艦船用品庫(同左)
佐世保市立神町 明治34年(1901)
煉瓦造/2階建 不詳/不詳
/04.6/海上自衛隊/倉庫(同左)
 佐世保海上自衛隊西倉庫群の中では一棟だけ極端に年代の古い作品で、外観の特徴は米海軍施設内にある煉瓦倉庫群に類似しているとのこと。立神音楽室からすぐそばに見える倉庫なので、海軍施設のように全く見ることの出来ないものではなく、被写体としては色々な意味で良好です。
 煉瓦躯体を補強する意味での控壁と壁面に生い茂るツタが非常に美しく、金属製の鎧窓とのコンビネーションが芸術的です。佐世保に訪れた際には是非見ておきたい作品のひとつです。(a.28.)

海上自衛隊佐世保史料館(旧佐世保水交社)
佐世保市上町 明治38年(1905)
木造→鉄筋コンクリート造/2階建 不詳/不詳
/03.12/海上自衛隊/展示施設(事務施設)
 この建物は外観保存をとっており、内部に関して言えば、近代建築のそれとは言えない状況です。軍関連の施設らしく、一部に帝冠式の趨りとも考えられる塔屋部があり、権威を感じさせる造りとなっています。
 現在は自衛隊を象徴する施設のひとつとして資料館として利用されています。外観だけでも残しておこうという心意気は賞賛したいと想います。(a.28.)

佐世保市立神音楽室(旧352号倉庫)
佐世保市平瀬町 明治後期
煉瓦造/平屋建 不詳/不詳
/04.6/佐世保市/公共施設(倉庫)
 ずいぶん早い時期に自衛隊から地元自治体に引き渡された敷地にある建物。礼拝堂のような、はたまた事務施設のような外観をしていますが、これも倉庫のひとつであったそうです。
 早々と市に返還され、立神地区の音楽練習施設として用いられています。私が訪れた時間では、利用されている印象はなかったのですが、周辺の空き地に関して言えば、ゲートボール場にしているという雰囲気を感じ取れました。(a.28.)

旧針尾無線塔(同左)
佐世保市針尾町 大正11年(1922)
コンクリート造電線電信塔 不詳/不詳
/04.6//(同左)
 近代化遺産を知るものにとって、佐世保といえばこれを見なければ、と少し寄り道した先にある絶景。短波によって遠距離無線通信が行われていた時代の遺物であり、現在は使用されていないため、地元でも知る人が少なくなりつつあるのではないでしょうか。
 太平洋戦争開戦を告げる暗号「ニイタカヤマノボレ」はこの施設より発信されたと言われています。あまりに大規模な構造物のため簡単に壊すことも出来ず、現在もこのままの形で保管されています。戦争史跡としてもきわめて重要な遺構です。(28.)

佐世保市民文化ホール(旧海軍佐世保鎮守府凱旋記念館)
佐世保市平瀬町 大正12年(1923)
鉄筋コンクリート造/2階建 不詳/不詳
国登録有形文化財/03.12/佐世保市/集会施設(同左)
 大通りに面し海軍関連の施設ということで、いかつい建物では、という事前印象を持っていました。しかし意外、と言っては失礼ですが繊細な外観を持っている建物でした。今回紹介する施設群の中ではもっとも市街地に近く、その関係もあってか現在は佐世保市が文化ホールとして使用、市民に親しまれています。
 今回は残念ながら内部を見学することができませんでした。ゆっくりと時間があるときにみてみたい建物です。(28.)

西九州倉庫前畑8号倉庫(同左)
佐世保市干尽町 大正12年(1923)
鉄筋コンクリート造/2階建 不詳/不詳
/04.6/財務省/倉庫(同左)
 近代的な穀物貯蔵庫と向かい立ち、その堅牢さを見せつけている倉庫。1階部分は鉱滓煉瓦で飾っていますが、上層を見るとコンクリートで造られている事が良く分かります。
 中央に設置された作業用リフトから一応左右対称になってはいるのですが、大規模かつ平滑な壁面構成のため、さしたる効果は現れていません。そもそも倉庫にそのような効果はいらないとも言えますが。どちらにせよ、その規模の大きさで人を引きつけている建物といえます。(a.28.)

海上自衛隊西1号倉庫・艦船用品庫(同左)
佐世保市立神町 大正13年(1924)
煉瓦+鉄骨造/2階建 不詳/不詳
/03.12/海上自衛隊/倉庫(同左)
 この写真で言うと、左手奥に見えているのが佐世保重工業の工場入り口になります。つまり、この煉瓦倉庫までが自衛隊の敷地と言うことになるのでしょうか。
 構造を外観から見る限り、鉄骨でハーフティンバー状にくみ上げた作品で、単なる倉庫と言うよりも工場のような感じも見受けられます。かなり大規模な倉庫で、見応えがあります。(a.28.)

海上自衛隊西3号倉庫・艦船用品庫(同左)
佐世保市立神町 大正13年(1924)
煉瓦+鉄骨造/2階建 不詳/不詳
/03.12/海上自衛隊/倉庫(同左)
 西1号倉庫と造りは似通っていますが、屋根の明かり採り構造が無く(塞がれている部分がそうかもしれません)、切妻式の屋根をしており、シンプルといった印象を受けます。
 今回外観見学した倉庫群の中ではもっとも住宅に近似した外観で、外から見ただけではそのまま人が住んでいそうな、親しみやすさと豊かな装飾性を感じました。(a.28.)

海上自衛隊西5号倉庫・利材倉庫(同左)
佐世保市立神町 大正13年(1924)
煉瓦造/2階建 不詳/不詳
/03.12/海上自衛隊/倉庫(同左)
 1号・3号倉庫と比べると余計に赤煉瓦一色の印象がかなり強い構造となっています。また大ぶりで屋根の傾斜も緩いようで、大きな資材を効率的に入れる際便利なように造られたのではないかと推測いたします。
 写真として問題があることをお許し下さい。自衛隊の敷地においそれと一個人が入ることができる訳もなく、直近街路からの撮影となっています。(a.28.)

海上自衛隊西6号倉庫・被服返納庫(同左)
佐世保市立神町 大正13年(1924)
煉瓦造/2階建 不詳/不詳
/03.12/海上自衛隊/倉庫(同左)
 側面から見た印象は、階を隔てている蛇腹の意匠が全体を引き締めている、といった感じがしました。縦に添えられている煉瓦の支柱は建物自体にそれだけの強度を求めていると考えるべきか、それともデザイン上のものかと推測は次から次へと拡がっていきます。
 昔は海軍、そして現在は自衛隊が使用しているこれら施設。用途がそのままであることは誇るべきかとは思いますが、表情豊かな倉庫群を実際みると、何らかの形で一般にも見学できるようになればいいのに、、と思えてなりません。(a.28.)

西九州倉庫前畑1号倉庫(同左)
佐世保市干尽町 大正後期
石張鉄筋コンクリート造/2階建 不詳/不詳
/04.6/財務省/倉庫(同左)
 前掲した「前畑8号倉庫」から50メートルばかり進んだ位置にあり、この周辺に残る倉庫群の中では最大の規模を誇ります。最大の特徴は石張されていることにあるでしょう。単調に織りなす縦に伸びた柱と窓、あるいは扉の組み合わせはアメリカのモダンアートにも通じる美しさを醸し出しています。
 全国に数多くある倉庫建築の中でも屈指の逸品といえるくらい、実に気品ある近代化遺産です。これからも愛されながら残っていくことを心より願っています。(a.28.)

西日本冷凍前畑工場(同左?)
佐世保市干尽町 大正期
鉄筋コンクリート・煉瓦造/
2階建
不詳/不詳
/04.6/財務省/倉庫(同左)
 佐世保市周辺には近代に作られた煉瓦造り倉庫群が今も数多く残されており、この建物もそれらのうちのひとつで、やはり前掲した「前

畑1号倉庫」からすぐのところにあります。
 この建物の特徴はやはり赤煉瓦で造られていることでしょう。他の倉庫が意匠的に優れているもののやはりこちらの倉庫の方が目立っているのは、ひとえに素材によるものです。しかし補修のされ方が少しぞんざいであるため、美しいかどうかという質問には答えづらいものがあります。(28.)

純真女学園聖心幼稚園(同左)
佐世保市三浦町 昭和5年(1930)
鉄筋コンクリート造/3階建 鉄川与助/不詳
/04.6/民間/教育施設(同左)
 隣接した三浦町教会堂の付属施設として建てられた作品。幼稚園という用途からでしょうか、ピンクに塗られた外観は派手と言うほかありません。後世の塗り替えによるものでしょう。
 昭和の建築物の中では細部の装飾が細かく彩られ、少々騒がしいくらいにさえ感じます。しかし全体を宗教色にとりまとめているため、デザインの破綻は見られず、これも一種の芸術作品になっているように見受けます。鉄川氏の力量があるからこそなせる技、といえるでしょう。地域の中でやはり象徴的な建物のひとつです。(28.)

三浦町教会堂(同左)
佐世保市三浦町 昭和6年(1931)
鉄筋コンクリート造/平屋建 不詳/不詳
/03.12/民間/教会(同左)
 実に教会らしい教会建築といえます。鉄筋コンクリート造のために、近年各地で造られた結婚式場近接型教会の構造とあまり見分けがつかない(むしろこの教会のようなデザインを用いた作品がかなり多いのでしょう)状態になっていますが、丘の上にそびえているというその一点で歴史と風情をまとっているようにも感じます。
 内部はコウモリ天井、昔ながらの側面ステンドグラスからは午前の光が漏れ、とても綺麗です。中からは鉄筋コンクリートで造られた建造物であることを感じさせない、柔らかな印象を持つよい作品です。(28.)

九州商船ビル(同左)
佐世保市万津町 昭和期
木造/2階建 不詳/不詳
/04.11/民間/事務施設(同左)
 映画ロケ地のひとつとして紹介された施設。施設の性質上、それほど丁寧に扱われたという印象は持てませんが、そこがロケ地として評価されたのかも知れません。
 通常ならば角地の建築物として、派手な意匠のひとつやふたつあっても悪くはないはずですが、ここでは残念ながら目玉建築となることはできなかったようで、ただ古い建築というインパクトだけが、記憶に残ります。


(早岐地区)

早岐駅(同左)
佐世保市早岐一丁目 明治30年(1897年)
木造/平屋建 不詳/不詳
/04.11/JR九州/駅舎(同左)
 報告書によると県内最古の駅舎建築であるとのこと。喜び勇んで訪れてみたのですが、外観はどちらかといえば地味な印象を持ちました。中に入ってみると、そこは重厚な明治駅舎特有の雰囲気を保っており、古き良き時代を満喫できます。外観よりも内装に一日の長がある、珍しいパターンです。
 駅構内には初期の跨線橋も残っており、こちらも注目でしょう。列車での旅の際、ふと足を止めて途中下車、なんてこともよいのではないでしょうか。(28.)

渡辺歯科医院(同左)
佐世保市早岐一丁目 昭和初期
木造/2階建 不詳/不詳
/04.11/民間/医療施設(同左)
 一見すると出窓の印象が強いため、古い建物とは想像しづらいですが、軒廻りの不自然さから判断すれば、自ずと納得がいくかと思います。それほどの改装は行われていないように感じますが、サッシの変更もあるため、出窓が当初からのものかどうかは疑問、といって良いでしょう。
 早岐駅前にあって古くから医院として営業されていたようです。医院建築には、その町の看板建築となる凝った作品が多いですが、医者という職業は進取の気性の方が多いのでしょうか。(28.)

テシバ古本店(消防団詰所)
佐世保市早岐二丁目 昭和18年(1943)
木造/2階建 不詳/不詳
/04.11/民間?/商業施設(行政施設)
 旧平戸街道の沿線に残る建築のひとつ。確かに表通りは商店が営業していますが、消防団詰所としての機能が一部残っているのでしょうか、裏手には現在も消防団の倉庫があり、この建物へと連動している印象が伺えます。
 周囲にはまだ古くからの建物群が残っているようで、これからのまちづくりによっては評価を受けることもあるかもしれません。確かに華がある建築とは言いづらいですが、昔の雰囲気を色濃く残す何かがこの作品にはあります。(28.)


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